【 フェルトスタジオ icchi's room】 世界樹

ハンドメイドで生計を立てて「スローライフ」を実現しているフェルト作家の日常ブログです。

②その時、自衛官だった俺は…3.11東日本大震災…災害派遣の記録②

まず最初に、東日本大震災で犠牲になられた多くの方々のご冥福と、被災され今も戦い続けている皆様が1日も早く安らげる事をお祈りいたします。

 

前回からの続き 

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部隊に到着したと同時に「災害派遣」の電話呼集がまわってきた。

自分の所属中隊で「到着」の報告をする。

既に「指揮所」では、ここまでの情報が整理されている。

 

この段階では実際に派遣されるかどうかは決まっていなかったが、災害の規模が規模なので、いつでも出れる様に準備を万全にする必要がある。

 

ひとまず「待機」状態の我々は個人物品の準備をしながら「ニュース」で情報を得る。

 

テレビのニュース映像を見て「これが今、現実に起きているのか…」と目を疑いたくなる。

 

少しバタバタとしてきた。

3トン半と呼ばれるトラックに、スリーピング(寝袋)やテントなどの宿営資材の積み込みが始まった。

 

どうやら実際に派遣がありそうだ。

準備も落ち着き始めた頃、先任と呼ばれる上司に呼ばれた。

 

「お前、SAJ準指導員の試験あるだろ?派遣になったら、こっちに残すからな。」

 

この時、俺はSAJ(全日本スキー連盟)の準指導員という資格を取得する為に練習していた。資格取得には11月に筆記試験があり、十数時間のレッスンを受けて、3月末に実技試験がある。

お金もスキー場のシーズン券(練習の為、必要)や諸々の費用をいれると10万円近くかかっていたので、受験を知っていた上司は俺に配慮しての言葉だったのだが…。

 

…しかし、俺は語気を強めてこう返した。

 

「有り難いんですけど、この状況で現場に行かなかったら俺、自衛官やってる意味ありませんよ。戦力的にも俺が行かない訳にはいかない。俺は絶対に行きますよ!」

 

こんな状況で「自分の資格取得」を優先するようなら、自衛官としてクソ以下だと思う。

言っちゃ悪いが「行かなくてイイ」など、「自衛官のあるべき姿」が分かっていない人が言いそうなセリフだ。

俺が逆の立場なら「お前は被災地に必要だ。災害現場に行ってこい!」と言う。

 

ただでさえ、今すぐにでも救助に向かいたいのに、なかなか派遣命令が下りない事にイライラしていのだろう。

でも一応、俺の検定を考慮しての言葉だったので…強めの口調で答えた事に後悔した。

 

 

時間は20:30を過ぎた頃だったろうか?

集合が掛かった。

中隊要員は廊下に集まる。

中隊長から「連隊は東北へ災害派遣に向かう。出発は夜中、長期派遣になると予想される。今から2時間だけ家族との時間も含め、準備の為に一時帰宅を許可する。」

 

以上の様な内容だった。

通常、非常呼集で集合した後に派遣までの間に「一時帰宅」などありえない。

「帰れないかもしれない。覚悟を決めろ!」と言われたのと同じだ。

事の重大さと今回の災害の被害の大きさが伝わった。

 

俺は準備は整っていたが一時帰宅する事にした。

高校受験を控えた一人息子の顔を見る為だ。

 

一時帰宅をする前に「レンジャー班」の隊員達を集合させた。

俺の所属していた部隊には全国的にも珍しい「レンジャー班」を設立していた。

この頃の俺はこの「レンジャー班」の先任(リーダー)だった。

 

「レンジャー」と言うのは陸上自衛隊で最も過酷な訓練と言われる「レンジャー教育」を無事に卒業した者だけに与えられる「称号」

レンジャー隊員は簡単に言うと「精鋭」と言われる隊員だ。

 

これから経験した事のない規模の災害派遣に向かう。

通常の災害派遣では携行しない様な「救助器材」を使用し「救助技術」をレンジャー班では日々訓練している。

ヘリコプターからロープで降りて、危険な場所に下りる事が出来るのも「レンジャー隊員」だけだ。

災害現場では俺達「レンジャー」の救助技術が必要になるかもしれない。

 

「お疲れさん。各人、レンジャー班で保有している器材で自分で使用出来そうな物を自由に使え。50mロープは一人1本は持っていけ。現場で必要なら無断で切っても構わん。レンジャー班の器材使用は俺が責任を取る。」

 

いちいち許可を取る時間がないので、俺の独断で使用させる事とした。

これは正解だった。

ヘリから救助に向かう場面はなかったが、後々、瓦礫撤去などに活躍した。

 

話は戻る。

 

レンジャー班を解散させ、俺も自宅に一時帰宅した。

自宅で晩御飯を食べて、息子に受験がんばれよ!などと話をする。

この間もテレビでニュースは流れている。

 

つかの間の休息…

これからテレビの映像の現場に行く…

 

ニュース画像に既に災害現場で救助活動をしている東北の部隊が映っていた。

災害後、直ちに災害派遣命令が下ったのだろう…。

間違いなく派遣に出ている自衛官達は「被災者」だ。

中には、自分の家族の安否すら確認できずに任務にあたっている者もいるだろう。

 

でも、それが「自衛官」の仕事だ。

「任務第一優先」

この状況で、愚直に任務に邁進している「自衛官」達を映像で見て、同じ自衛官として「敬意」を払いたいと強く思った。

 

我々は入隊時に宣誓している。

宣誓
私は、我が国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し、
日本国憲法および法令を遵守し、
一致団結、厳正な規律を保持し、
常に徳操を養い、人格を尊重し、
心身を鍛え技能を磨き、
政治的活動に関与せず、
強い責任感を持って、専心職務の遂行にあたり、
事に臨んでは危険を顧みず、
身をもって責務の完遂に勤め、
もって国民の負託に答える事を誓います。

 

この「服務の宣誓」の原文は「服務の本旨」にある。

「自衛官のあるべき姿」がここに全て謳っている。

これを理解していない残念な自衛官が本当に多い…。

 

この頃の俺の階級は「陸曹長」と言う階級

でも、この頃の俺は…

この大災害派遣に参加する前の俺は…

深く「自衛官のあるべき姿」を理解していなかったと思う。

理解しているつもりだったが…。

 

 家族との時間はアッと言う間に過ぎる。

もう、行かなければ。

 

 

…「無事では帰れないかもなぁ」なんて事を、頭のどこかで冷静に考えていた。

 

でも、「怖い」とか「不安」は一切ない。
不思議と、一切ないのだ。

 

息子には玄関で見送ってもらい、

妻の運転で部隊に送ってもらう。

 

車を降りて

「受験大丈夫かな~?何かあったらメールして!俺は返せないと思うけど見れるから!行ってくるわ!」

 

妻の不安そう顔

言葉には出さないが不安でたまらないのだろう…。

 

手を振って車を見送る。

 

 

災害派遣出発

出発は0時を回っていた。

 

車内で仮眠をとりながらフェリーターミナルを目指し、苫小牧港~秋田港へ上陸する。

苫小牧港に到着すると、既に他部隊が到着していて乗船待ちに状態だった。

 

そこで久しぶりに他部隊の同期と会うのだが…

いつもの「演習」で顔を合わせたなら、そこで話も弾む。

しかし、事態が事態だ。

「お~!久しぶり~!元気?」

「おお!元気、元気!…大変そうだな、今回の派遣…」

「そうだな。被害の規模がデカすぎる…」

「お互い怪我に気を付けような!」

 

こんな会話をしたのを覚えている。

 

ラジオで情報収集をしているうちに乗船許可がでた。

演習でフェリーを使用する事もあるので慣れたもんだ。

 

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乗船して食事をとる。

食事と言っても緊急運航なのでレストランの食事などない。

俺達は「非常用糧食」の缶詰(たしか5日分程度)を携行していた。

 

災害派遣は間違いなく長期戦になる。

食事は節約し2人で1食をとるようにした。

 

災害派遣など何度も経験しているが、食事のとり方にしてもいつもとは違う。

俺達はフェリーの中で道路地図を広げ、何度も何度も現場までの「ルート」を確認した…。

 

次回へ続く。

 

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