【 フェルトスタジオ icchi's room】 世界樹

ハンドメイドで生計を立てて「スローライフ」を実現しているフェルト作家の日常ブログです。

⑤その時、自衛官だった俺は…3.11東日本大震災…災害派遣の記録⑤

さて、ここまで続けてきた「その時、自衛官だった俺は…3.11東日本大震災…災害派遣の記録」シリーズですが、ここまでにしたいと思います。

 

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まだ、被災地に上陸した「初日」の話しかしていませんが…。

 

俺達はこのまま約2ヶ月間の派遣活動となりました。

 

語り切れない事が沢山あります。

もちろん語れない事も…。

 

この時ほど「自衛官になって良かった!」と思った事はありません。

この時ほど「自衛官は今のままでは駄目だ。」と強く感じた事はありません。

 

 

俺達は「疲弊」していました。

情けない話ですが、自衛官も人間です。

これだけ悲惨な惨状の中、数多くのご遺体を発見、搬送し、終わりの見えない救助活動

 

最初の2週間くらいは、みんな「休憩」もしないで活動していた…

「休憩時間」がない訳ではない。

でもみんな休憩時間も瓦礫をめくったりと…休まない。

俺達だけじゃない。

各地でそんな感じだったのだろう。

「必ず休憩せよ!」と命令がきたほどだ。

 

 

この大自然の驚異の前では「無力」である事を思い知らされた。

 

 

被災地入りして2~3週間ほどたった頃だろうか…。

俺は一度だけ、この災害派遣中に涙が止まらなくなった事がある。

涙腺がぶっ壊れたかと思うくらい…

 

災害派遣中に俺は「小隊陸曹」という役職から「小隊長」に格上げになっていた。

俺の小隊が担当していた集落では6名の行方不明者がいた。

 

遺族が毎日毎日「行方不明の家族」を探しに来る…

俺達は

「必ず見つけますから!」

そう言って、ご家族と約束をしていた。

 

毎日毎日、瓦礫を剥がしても…

何度も何度も、今にも崩れそうな倒壊家屋の中に入っても…

 

…見つけられない…

 

災害派遣に来て、1人も生存者を探し出すことは出来なかった…

せめて…

せめて、ご遺体だけでも…

一人でも多くの方を探し出してあげたい…

それが残されたご家族の力になる、俺達に出来る精いっぱい…

 

でも…見つけてあげる事が出来ないんだ…

 

 

そんなある日、俺達の部隊はまだ手付かずになっている別の地域に移動する事になった。

 

これまでに数名は発見したが、残り2名が発見できない…

 

親父さんが津波に飲み込まれ、息子さんが毎日毎日探しに来ていた。

被災者の方々とは顔見知りにもなる。

 

 

息子さんが「お疲れ様です」、挨拶をしてくれる。

俺は全員を発見する事なく、現場を離れる事が苦しかった。

もちろん、俺達の後に別の部隊が入るのだが…

 

俺は息子さんに別の地域に派遣が決まった事を伝えた。

「我々は明日、別の地域に派遣される事になりました…。すみません…お父さんを発見出来なくて…全力で…探して…いるのですが…力不足で…」

 

説明をしているうちに大粒の涙がボロボロボロボロと零れ落ちた。

俺達は自衛官だから、どんなに辛くてもキツくても「被災者」の前で弱音を吐いたり、愚痴を言ってはいけない。

分かってはいる…でも、この時はコントロール出来なかった。

 

「泣かないで下さい。自衛隊の皆さんには本当に感謝しています。毎日毎日、朝早くから夜遅くまで探してくれているじゃないですか。皆さんの力が本当に助かっています。ありがとうございます。」

 

励ますべき立場の俺が、家も生活も家族も亡くした方に励まされるとは…。

 

その日から、しばらく止めていたタバコを吸いだした。

「ストレスコントロール」が出来なくなりつつあった。

 

それは俺だけではなく、全体的に…

「疲弊」し始めていた。

 

でも、そんな我々を励ましてくれたものがあった。

 

この頃から「休息」をとる為、5日に1回だけ交代で被災地から離れた「市の施設(青年の家)」に1泊して「休息」出来るようになった。

ここで初めて「温かいご飯」を口にできた。

でも俺達が励まされたのは「温かいご飯」ではない。

 

俺達が励まされたのは

 

「被災者からの手紙」

 

 

青年の家のホールに、被災地から送られてきた「手紙」が沢山貼ってあった。

どれもこれも「自衛隊さん、ありがとう!」

 

本当にこの数多くの「手紙」が俺達を再び奮い立たせた。

 

「絶対に何とかしてやろう!」

そう思った。

 

俺達の出来る事なんて知れてる。

でも、どんなに小さな事でも意味はある。

 

 

被災された方々はなんて強いのだろう。

活動している俺達に

「自衛隊さん、ありがとう!大変なんだから無理しないで!」

…俺達の事を心配してくれるのだ。

 

 

この国は素晴らしいと思う。

あの状況で、助け合う事を忘れない。

秩序を保っている事は、海外からみたら凄い事だと思う。

実際、翌年にPKO海外派遣でそれを感じた。

 

我々が忘れてはいけないのは「教訓」

多くの…あまりにも多くの犠牲から学んだ「教訓」

 

地震大国「日本」

必ず訪れるであろう巨大地震

近年の災害の巨大化

 

何が起きてもおかしくはない。

 

だから、時々思い出した時でいい。

これまでに体験した災害、これまでの記憶にある災害

なんでもいい。

もう少しだけ興味を持とう。

何かが変わる。

今だって、「復興」は進んでいない。

1円でもイイ。募金だって出来る。

話の話題にするだけでもイイと思う!意味がある!

 

 

俺は数年以内にバイクでツーリングがてら「災害派遣現場」を回ろうと思っている。

あれからどう変わったのか?

ずっと気になっている。

 

見つけられなかった「親父さん」は次の日に発見された。

最後まで見つけられなかった一人も別の沿岸で発見されたそうだ。

 

いつか心の整理がついたら書きたい事を書こうと思った。

何かの、誰かの役に立つ事があるかもしれない…と。

 

でもやはり、以前にも書いた事のある記事「初日」から先に進めなかったが(笑)

 

色々な災害で「人生」が変わってしまった人は沢山いるだろう。

今も仮設住宅で生活している人もいる。

「あの頃」はもう戻らない。

だから前を見て、新しい道を歩もう!

 

俺はもう自衛官じゃないから「災害派遣」で人を助ける事はない。

でも元自衛官としてやれることはある。

 

これからの自衛隊は大変だ。

入隊者は少なく、任務は複雑多岐にわたる。

でも、どんなに辛くても踏ん張れ。

君たちが「最後の砦」だ。

 

その手で

ボロボロのその手で

任務を遂行しろ!

頑張れ!自衛官!!

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