ツーリング工房 ゴッペマスター

山奥のログハウスで「夫婦でセミリタイア生活」していく、40代バイク乗りのブログ

最終任務完遂、愛され続けた26年間ありがとう!

ゴッペです。

 

平成30年7月31日付をもって、陸上自衛隊の退職を承認されました。

つまり、退職です。

 

今日は移動(転勤)の日なので朝から行事、偉い人も交代なので交代行事…と。

色々と忙しい中、午前中に他部隊の顔なじみの多くの方々が、わざわざ会いに来てくれました。

 

本当にありがとう。

 

 

特別いつもと変わりません。

明日からは関係なくなるけど、業務予定を確認したり、部隊が困っていることを把握したり。

 

1305、辞令書交付

 

隊長から辞令書を読み上げられ渡される

隊長から話を頂く

 

「総監や本当に多くの(俺の事を知っている)方が辞めさせない様に言ってきたよ…、     

       -中略ー

 …、准尉の様な自衛官はいないから、部隊だけではなく、陸上自衛隊は大きな損失を受けたと思う…」

 

そう言って頂けたとき、涙があふれてしまった。

 

「退職者申告」…司会から最後の申告をするよう促される

 

最後の報告、これが最後の任務

 

「申告します。〇〇隊 准陸尉 〇〇 〇は平成30年7月31日付けで退職を承認されました。」

いつもの俺らしい凛とした張りのある声で申告をする

言い終わらないうちに、隊長が顔をクシャクシャにして泣いてくれた。

 

最後に、この隊長に仕える事が出来て本当に良かった

隊長クラスに向かって失礼だが、自衛官として同じ匂いのする人だった。

 

 

各部署に挨拶をしながら中隊に戻る

 

あれほど止めろと言ったのに…

まるで定年退職をされる方を送り出すような、花道とセレモニーを準備して俺を待っていた…

 

俺の退職は、自衛官としてあるべき姿と、今後就くべき役職の重責を考えた時、誰にも負けない自信はあるが、今の俺が就くべきではないという「自分の信念」を貫き通した結果だ。

これを理解できる人は少ない。
でも、どんなに正当化してカッコいい言葉を並べても

所詮、途中で投げ出した奴でしかない。
任務放棄だ。

だから、そんな奴を見送る必要などないと言ってきたのだが

 

本当にありがたい事だ…

 

 

花道を通り、一人一人と握手をしながら

よく見ると、違う部隊の人たちまで来てくれている。

 

レンジャーの教え子の後輩が万歳三唱の音頭をとってくれる

俺への想いとお礼をいってるのだが泣きじゃくって言葉になっていない。

 

最後に彼の耳もとで「頼んだぞ」

 

「はいっ!」

 

泣きじゃくりながらの返事に

 

確かな「魂」を感じる。

 

色濃く俺の意志を引き継いだ内の一人

 

あとは任せたぞ。

 

 

 

今も、災害派遣で活動している自衛官が沢山いる事だろう。

 

終わりの見えない任務に疲弊していると思う。

 

でも、それが自衛官の仕事だ。

「事に臨んでは危険を顧みず、身を持って責務の完遂に勤め…」

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1953年、保安大学校(現在の防衛大学校)が開校時の総理大臣、吉田茂の言葉だ


「君達は自衛隊在職中、決して国民から感謝されたり、 歓迎されることなく自衛隊を終わるかも知れない。

 

きっと非難とか誹ぼうばかりの一生かもしれない。

御苦労なことだと思う。

 

しかし、自衛隊が国民から 歓迎され、 ちやほやされる事態とは外国から攻撃されて国家存亡の時とか、災害派遣の時とか国民が困窮し国家が混乱に直面しているときだけなのだ。

 

言葉を変えれば、君達が日陰者であるときのほうが、国民や日本は幸せなのだ。

堪えて貰いたい。

 

一生御苦労なことだと思うが、 国家のために忍び堪え頑張って貰いたい。
自衛隊の将来は君達の双肩にかかっている。 しっかり頼むよ。」

 

 

これからは、今までよりも大変な時代に変化する。

国際情勢は不安定で

さらなる大規模災害はいつ起きてもおかしくはない

少子化により、入隊する者も少ない

隊員一人一人に求められることはどんどん大きくなる

 

でも、君たちなら出来る。

 

今後は一国民として、自衛隊を違う角度で支えていきたい。

 

制服は脱いだが志は変わらない

 

多くの人に愛され続けた26年間でした!

ありがとう!

 

これからも、この国を頼む!

任せたぞ!同志達!!

 

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